演奏家/作曲家
南米ボリビア生まれ。1969年、グループロス・ライカスを結成。アルゼンチンを拠点に活動。1979年、アルゼンチンタンゴの巨匠、オズバド・プグリエーセ楽団と共演。ツアー活動で日本を縦断。ロスアンジェルス、ニューヨークなどのアメリカ各地でも公演し、この年、ゴールデンディスク賞を受賞。1983年ロス・ライカスから独立活動の場を日本に移し、日本初のフォルクロ―レグループ「カンタティ」を結成。日本でのフォルクローレ演奏家の誕生に大きな影響を与える。その後、現在のロス・トレス・アミーゴスのリーダーとして演奏活動を開始。数々の名曲を作詞、作曲、演奏。日本全国でのコンサート、ライブの他学校コンサート等で本物のフォルクローレを紹介している。
また、日本音楽集団の委託により、尺八と琴のために「プヤ・ライムディー」を作曲。歌唱においてもサッカーキリンカップ、日本代表対ボリビア代表の試合で6万5千人を前に祖国の国家を独唱したのをはじめ、コスタリカ、ホンジュラスとの親善試合においても両国の国家を独唱。